影の内閣(シャドー・キャビネット)

影の内閣 - Wikipedia

 

 イギリスでは野党第1党の党首が「His or Her Majesty's Loyal Opposition」の影の首相(Leader of the Opposition)に就任し、党所属国会議員から影の閣僚を任命して影の内閣を組織する。

  完全に国家の安全を脅かす存在を影から誅殺する穢れ仕事を負った人々じゃないか! 

 すごいなイギリス。その存在は表の首相ですらおぼろげにしか把握できていないが、“影”の血脈は征服王ウィリアム一世の時代まで遡ることができる。異説ではあるが、征服王の死の遠因となったフランス遠征中の負傷は、遠征軍に紛れ込んだ“影“の人間の「過失」によるものだったとされる。彼は急ぎ過ぎたのだ…

 

 ところで「ジョン」と「スミス」は英語圏ではありふれた姓名であり、だから日本語でいうところの「山田太郎」と同じ偽名の代名詞だ。

 そして1992年から94年までの2年間に影の首相を務めた人間の名を、ジョン・スミスと言う。

ジョン・スミス (労働党党首) - Wikipedia

 完全に名前やそれまでの人生を捨てて国家に奉仕している人じゃないか! その性格や思想、友人や妻との生活に至るまで国家に用意された台本通りの役割を演じているに過ぎない。すべてはイギリスのために。ジョン・スミス。名前のない男は心すらイギリスの所有物……

影の内閣蔵相を務めていた1988年10月に心臓発作を起こし、その後の治療において大幅に体重を減量した。 

  完全に命を狙われているじゃないか! 

選挙後にニール・キノックに代わって新たな党首に選出されたが、1994年5月に急死した。

  暗殺されてしまった!

 

 1988年の影の首相はニール・キノックその人だ。彼は未だに存命である。

 きっと、ニールが――いや、“影”ですら背負いきれなった巨大な何かを、ジョン・スミスは一手に引き受けたのだ。それが出来るのが名前のない人間だから――換えの利く傀儡、自我の存在しない人形、国家のスケープゴート。そのために運用されているシステムこそが「ジョン・スミス」なのだ。94年の5月12日。突然発作を起こした心臓に苦しみながらも、彼の心中は不思議と晴れやかだった。やっと「ジョン・スミス」から解放される……意識が途切れる最後の瞬間に、ジョン・スミスは思った。「おれは、誰だったのだ?」

 

娘のサラ・スミスはジャーナリストになっている。

  完全に父親の死の真相を求めて影の世界に片足を突っ込んでいる人じゃないか!

 ジョン・スミスが築いた家庭はイギリスの意志でつくられた嘘のようなものだったけれど、家庭の中にある暖かな愛情だけは、真実だったのだろう。だからこそサラは、父の死に疑念を拭いきれなかったのだ――

 

 サラがその後どうなったのかはWikipediaに書いてないので分からないが、けれど確実に分かることがひとつだけある。それは、皆さんもご存知の通りイギリスは平和とは言い難くあるけれど、今日も確かにそこにある、ということだ。

 その“影”に、多くの血が流れているということだけは、決して忘れずにいて欲しい――

 

 おわり