現代日本の公道最速は実質的に緊急車両かもしれないな、と遠ざかる救急車を眺めながら思った。他の車を抜き去って合法的に爆走したいというモチベーションで救急救命士を目指す人もいるのだろうか。いたらいいなと思う。ユーロビートをBGMにしてめちゃくちゃな速度で峠に突っ込みドリフトを決める救急車や消防車がいてもいい。医療器具や患者を車体の端に固めることで重心を偏らせてコーナーをクリア!とか放水ホースをガードレールに引っかけて速度を保ったまま遠心力で急カーブ!みたいなテクニックで魅せて欲しい。サイレンをかき鳴らし突き進むその瞬間だけはまるで風のようにすべての束縛から自由だが、風に近づけば近づくほど自由で居られる時間は減っていく。通報先に到着したドライバーはただの救命士だからだ。一秒でも早く駆け抜けたい、と一秒でも長く走り続けたい、相反する二つの欲求に挟まれながらそれでも走り続けるドライバーのギリギリの葛藤に想いを馳せると、どうしてだか熱い涙が流れてきてしまう冬の日だった。
おわり