日記:二月二十四日 麻耶雄嵩「化石少女」「化石少女と七つの冒険」を読んだ感想ネタバレなし

 

 

 

 キョンから谷川流のユーモアを引いてやれやれ系の臭みだけを残したワトソンと誇張したハルヒみたいな喋り方をする探偵の学園ミステリ連作短編集。2025年のインターネットで伝わる例えなのかは怪しいが、初版の2014年時点ですらこういうのは陳腐化していたのではないか。

 特徴的な試みとして、探偵のエキセントリックな推理の矛盾をワトソンがやれやれと指摘するのが物語の軸になっている。そして探偵が事件を解決しないまま次話へ続く。

 探偵-ワトソン間の関係を換骨奪胎していると言えば聞こえはいいが、誰もが想像する通り筆致それ自体に魅力がなければ楽しい訳のないコンセプトで、もちろん偽キョンと偽ハルヒなので楽しくはない。

 いや麻耶雄嵩はキャラ描写や文体を楽しむ作家ではないので別にそれでいいのだが、肝心の大ネタはどうかと言うと、最終的に辿り着く物語の構図は魅力的だがそれにしたって各話各話があまり面白くない、基本的なコンセプトを理解した上でも途中で終わっているようにしか読めない、連作短編集という構成が効果的に機能していたとは言えない……がシリーズ一作目「化石少女」の正直な感想だった。

 

 これが約十年越しに刊行された続編「化石少女と七つの冒険」になるとかなり話が変わってくる。

 というのも前作の“最終的に辿り着く物語の構図”から直接連続しているので魅力的だった大ネタの要素をそのまま引き継いでいる。「つよくてニューゲーム」みたいなものだ。

 基本的には探偵の推理をワトソンが否定する話のままなのだが、しかし前作を経たことで「学園ミステリ」のひとつ上に登場人物の一挙一動を慎重に検討する視座が産まれ、まるで地雷処理の現場を覗いているかのようなハラハラした読み味に変化する。表層的に起きていること自体は一作目と同じなのに読んでいて緊張感がまるで違う。

 僕はミステリの面白さは論理の飛躍の面白さだと思っているのだけど、今作に関しては飛躍どころかストーリーからロジックを抜き出して弄んでいるような冒涜的な楽しさがある。冷静に考えてあまりにも非現実的な、しかし理屈だけは通っている浮世離れした世界観はつまりジャンルとしての本格ミステリが好きな人間が全員好きなヤツで、だから「七つの冒険」のことも皆好きなのだろう。

 加えて言えば青春小説としても惹かれるものがある。作中で月日を経るにつれ探偵の“偽ハルヒ”的なエキセントリックさは薄れていくのだけれど、成長に伴って人間関係が変化するのならばトンチキ探偵とやれやれワトソンの構図はどうなるのか、欲しいものが悉く指の間をすり抜けていくのなら、どうならざるを得ないのか?

 白眉はやはり最終話で、シリーズを通して試みられてきた探偵-ワトソンという関係の破壊と再構築が最終数ページで遂に完成し、そこに麻耶雄嵩一流の嫌な後味が残る。

 稀に見る傑作青春ミステリだと感じる。前作はここに至るまでの大いなる助走か。助走が長いのでひとに勧めにくいのが難点ではある。

 間違いなく傑作ではあるのに手放しで褒められないのがもどかしい。まあ麻耶雄嵩作品って元々そういうとこあるけれど……

 

 

 

おわり