洗濯カゴを忘れずに買えたのでよかったが、ヘッドホンが壊れたのでよくなかった。明日はヘッドホンを買う。なんか身の回りのものが同時多発的に寿命を迎えている気がする。
洗濯カゴを忘れずに買えたのでよかったが、ヘッドホンが壊れたのでよくなかった。明日はヘッドホンを買う。なんか身の回りのものが同時多発的に寿命を迎えている気がする。
日曜日だってのにバタバタしていたのでささやかなQOLを追求していく場合ではなかったのだけれど、我々の人生は寝ている間を除いてずっと生存して活動する時間なのだから最大幸福量を追求するならば睡眠と生活の質の向上を目指すべきであるようにも思う。それをしないというのはつまり自ら不幸に突き進んでいくということではないのか?いや疲れてる人間にそんな合理の勘定できる訳ないじゃん。明日だって五時起きだ。多忙は判断力を破壊する。「多忙は判断力を破壊する」と理解していても「じゃあ多忙な環境を破壊しよう!」と行動を起こすような元気は残っていないので疲労は最強のデバフだぜ。
洗濯物を溜めこみすぎてこのままでは明日着る服がないと朝に気づき、やることなすことな~んも上手くいかん一日を送り、せめてこれだけはと夜に洗濯をした。洗濯カゴが生臭くなっていた。明日にでも新調しよう。このままでは精神が澱んでいくばかりだ。
ハンドソープとボディーソープと洗顔料と歯磨き粉とゴミ袋を補充するのを忘れ、這うようにしてドラックストアまで戻り、ハンドソープとボディーソープと洗顔料と歯磨き粉とゴミ袋とコアラのマーチいちご味を買って帰ってきた。
ハンドソープとボディーソープと洗顔料と歯磨き粉とゴミ袋の在庫が同時に切れた。シンクロニシティだ。シンクロニシティだなあと思うだけで補充する気力は、ない。
穴のあいた牛の油絵を眺めて、穴があいているなあ、とぼんやり思った。穴があいているなあ、で脳味噌が停止して何故穴があいているのか考えようとしないなら美術館なんて行かない方がいいと思うのだが、行ってしまったものは仕方がない。入場料の元を取るために、どうして穴があいていたのだろうなぁ、と今更もにゃもにゃ想像している。
・洗ったクッションカバーを乾燥機にかけて取り出しふとタグを見ると、乾燥機にかけるなという意味合いのことが書いてあった。縮みはしなかったので結果的によかったのではないか……
・図書館から借りた本を今すぐ読み終えないといけない。
・最近マウスの調子が悪い。Bluetoothの接続に数分かかってしまう。数分待てば使えるのだから買い替える程ではないなと感じてしまう。
神戸物産お肉にこだわったあっさり唐揚げ1kgを食べている。業務スーパーの冷凍肉の中でも特に好きだ。何よりも電子レンジで調理できるのが楽でよい。本当はトースターで焼いたり油で揚げるのがいちばん美味く食べられるのだろうけど、電子レンジ調理の手軽さにはどうやっても勝てない。真のポテンシャルを発揮することがないまま唐揚げは胃の中に消えていく。
他人とちょっと突っ込んだ会話をすると自分の人生経験の薄っぺらさを再確認するばかりなのでコミュニケーション一般を辞めてしまいたいのだが、それをやってしまうとそもそも人間として扱って貰えないので薄っぺらい人間をやっていくしかない。「年齢に対して若い」のではなく「幼い」のだよなとしみじみ思う。いや僕基準でそれなりに苦労はしている筈なのだけれどもな……
いい加減このブログにもテコ入れによる活性化が必要ではないか。トーナメント展開だとか、新ヒロインの追加だとか、カードゲームが主題になるだとか。あのドラゴンボールだってバトル路線への変更で世界的な人気を得たのだし、このブログも新しいことをドシドシやっていくべきではないか。次回から「6週間以内に獣医の勉強を始めなかったので死ぬZ」に改題しよう。
ウオオオオオ罪悪感を被害者意識で相殺して正気を保つぜ。世は正に大被害者意識時代。やあやあ我こそは社会の救いの手からこぼれし真の虐げられし者じゃい!と名乗りが飛び交う現代を生き抜くからにはおれだってそのくらいはしてもいいだろう……いいはずだ……いいと思うのだけれども……
完全に梅雨だ。一日中雨が降っていると何もしたくなくなる。ブログを書くことについてもまったく例外ではない。
六月二十四日は全世界的にUFOの日で、秋山瑞人の名作ライトノベル「イリヤの空、UFOの夏」の話をする日で、同作者に完結手前のとんでもないところで放り投げられ四半世紀が過ぎた「E.G.コンバット」シリーズの話をする日でもある。
あるのだけれど、個人的には、もしかしたら、「日であった」と言うべきかもしれない。
というのも秋山瑞人作品が最後に世に出たのは十年以上前(これもシリーズとしては未完のまま)だ。いい加減に期待も怒りも風化してしまった。想い返してノスタルジックな気分にはなれど現役の作家だとは思わない。
どうでもいい、という表現が悪いなら悟りを開いたと言い換えてもいい。秋山ファンは新作を待ちわびる苦悩をよく“渇く”と表現していたけれど、二十年渇き続けていたら僕はいつの間にかミイラになっていた。即ち即身仏である。波浪の滅生はただしこれ水なり、一心は本より湛然として澄めり。E.G.コンバットfinalが出版されようがされまいが、同じことではないか……いや全然同じことではないな……
自分で調べると去年はまだ怒りが残っていたようだ。
ちなみにアニメ版はまだ観てない。完全に機を逸した。
ブラックキャップを買い、部屋の隅々に置いた。部屋の大きさに対して数が多すぎるような気もするが、相手が相手なのだから対策は過剰なくらいで丁度いい。
食べ物を買いにスーパーマーケットへ行き、大型車に轢かれてぺしゃんこになったスズメの死骸とそれを食べる猫を見て、食べ物を買ってスーパーマーケットから戻った。