冬に半袖の服を着ると寒い可能性があるな(半袖の服は長袖の服に比べて袖が短く腕を包む布の面積が小さいため)と半袖の服を着てみたところやはり寒かったので冬に半袖の服を着ると寒いのがわかった。では長袖の服を着るのか?それもひとつの考え方だろう。しかし寒いという事実が含意するのは「寒いという事実」それだけだ。冬風が“半袖の服を着るな!”と声を荒げて叫ぶものだろうか?いいや。風は語らない。ただ自然現象として吹きすさぶのみであり、そこから意味を見出すのは我々だ。にも拘わらず我々は季節に服を着せられている。意味も自我も持たない季節によって服を選ばされている!それで何故人生を選択していると、生きていると言えるのだろうか!?ほんとうに自分の人生を自分で選択するということはつまり、己の意思によって冬に半袖の服を着ることではないのか!そんな天啓に打たれつつ半袖の服の上に厚手で長袖のパーカーを着たら暖かかった(厚手で長袖のパーカーは半袖の服に比べて袖が長く腕を包む面積が大きいため)のでとてもよかった。
おわり